ローナー・ポルシェから911ターボまで
ポルシェにおける</u><u>4WD</u><u>の歴史
4WDを備えた最初の車の1台がポルシェのスポーツカーでした。フェルディナンド・ポルシェは、4つのホイールハブに電気モーターを備えたローナー・ポルシェ レーシングカーを設計・製造しました。1947年にはチシタリアレーシングカーとしてよく知られているタイプ360を開発しました。この車は、12気筒スーパーチャージャー付エンジンや軽量設計だけでなく、パートタイム4WDによっても伝説となりました。デザインも、コーナーや低グリップ路面においてトルクを完全かつ安全に推進力に変えるためのアイデアに基づいていました。
ポルシェは1981年にレーシングカー以外のモデルへの4WDの採用を開始し、フランクフルトモーターショーにおいて911ターボ カブリオレ4WD仕様車のスタディーモデルを発表しました。1984年にはこのアイデアを見直し、パリ-ダカール・ラリーのためにパートタイム4WDを備えたタイプ953を設計して総合優勝を飾りました。953による経験は959スーパースポーツカーの製造につながりました。1985年発売の959はテクノロジー全体が時代に先駆けていました。このモデルは、マルチプレートクラッチで接続する前輪駆動と、同様にマルチプレートクラッチによって作動するリアディファレンシャルロックを備えており、ポルシェ4WDの基本コンセプトを設定しました。これらのセンターディファレンシャルとディファレンシャルロックは、手動と自動の両方で作動しました。このコンセプトは今日のPTMに受け継がれています。1986年のパリ-ダカール・ラリーにおけるポルシェ959の1-2フィニッシュは伝説となりました。
911カレラ4:30年前にデビューした初代911 4WD仕様車
ポルシェが1988年にタイプ964 911を発表したとき、モデル名に続く数字が新たな時代の到来を告げました。911カレラ4は、先駆的な新設計の4WDを備えたポルシェ初の市販スポーツカーとなりました。ポルシェはこの革新を、「ディファレンシャルスリップ制御」4WDと呼びました。駆動トルクは、最初にマニュアルトランスミッションからプラネタリーギア式縦置きトランスファーケースに伝達されて、ロックコントロールが作動しない場合は、密封されたトランスアクスルシャフトを介して前後31:69に固定配分されます。この調節方法は革新的でした。各ホイールのスリップがABSセンサーによって検出されて油圧式ロックによって回避されました。2つの電子制御マルチディスクロックが、前輪と後輪間のトルクを制御します。その結果、トラクションと走行安定性、ハンドリングとコーナリング、そして負荷変動のレスポンスが常時最適化されました。
1994年:フルタイム4WDに代わるビスカスカップリング–ハングオン方式による新しい4WDシステム
1994年にポルシェは、911カレラ4タイプ993によって4WDの開発を再開しました。現在の911ターボも初めて4WDを備えました。両モデルにおいて、ポルシェはよりシンプルなシステムに切り替えて、当時の市場で最も軽量な4WDシステムを発売しました。このシステムは後輪を直接駆動し、前後の間で速度差が生じたときにパッシブビスカスカップリングが前輪にトルクを伝えるハングオン式4WDとして設計されました。つまり、フロントドライブのためのトランスファーケースと電子制御マルチプレートクラッチがビスカスカップリングに代わりました。その結果、911 4WDは、後輪駆動同様に負荷時に後輪を効果的に制御しながら、さらに安定性が改善されています。リアアクスルには従来のディファレンシャルロックとオートマチック・ブレーキ・ディファレンシャル(ABD)を採用しました。
ビスカスカップリングの役割は、後輪のスリップに応じたトルクのアクスル間への自動配分でした。4WD モデルに標準装備されるABDは、ABSセンサーを使用して各輪のスリップを検出し、コントロールユニットを介してスピンするホイールにブレーキをかけます。トルクは、左右の摩擦係数の違いにより、最初はリアディファレンシャルロックによってパワー伝達の大きいホイールに連続的に移動します。ホイールがスピンし始めると、ABDによって減速され、制動トルクと同じ駆動トルクが反対側のホイールに伝わります。この機能は、ウェットまたは低グリップ条件で車を発進する際に特に便利です。
ポルシェは、タイプ996 911についてもこのコンセプトにこだわりました。ビスカスカップリングはフロントドライブユニットのオイルバスによって、高負荷時にも効率的に冷却されました。996では軽量化のためにトランスアクスルチューブを削除し、クーリングパイプのためのスペースを設けました。エンジンに直接固定されるトランスミッションとフロントドライブユニット間のリジッド接続(センターチューブ経由)の代わりに、むき出しのカルダンシャフトによってフロントアクスルにトルクが供給されました。
2002年:カイエンがポルシェ トラクション マネジメントシステム(PTM)を導入
2002年に、ポルシェは3番目のモデルラインとして、全く新しい4WDテクノロジーを備えたカイエンを発表しました。ベーシックモードのポルシェ トラクション マネジメントシステム(PTM)は前後38:62に駆動力を配分しますが、可変センターディファレンシャルロック同様に電気モーターで作動する電子制御マルチプレートクラッチを使用し、走行条件に応じて可変配分することも可能でした。これによって前後と横方向のダイナミクスが向上しました。さらに、ロッカースイッチによって、集中的なオフロード使用のためにセンターディファレンシャルロックを手動で作動することも可能でした。
PTMは、カイエンのドライビングダイナミクスに決定的な影響を与えました。マップ制御センターディファレンシャルロックとオプションのリアディファレンシャルロックが前後のトラクションの不足に対応するだけでなく、センサーが車速、横G、操舵角、およびアクセル制御を検出し、PTMが前後のロックの最適な配分を計算して必要なトルクを割り当てました。このようにPTMは、高速走行時も、氷や雪の上をゆっくり走行するときも、コーナリング時のすぐれた俊敏性と車線変更時の抜群の安定性を提供する先進的なシステムでした。
ポルシェ911の初代PTM
電子制御PTMは、2006年のタイプ997 911ターボにおいて変更されました。中心エレメントは、必要に応じてトルクを前輪に伝える電磁式マルチプレートクラッチでした。911ターボのクラッチは、実際にほとんど使用されることのない400N・mの最大トルクに合わせて設計されました。300N・mでも前輪は乾燥路面上でグリップを失ってスピンを始めました。
PTMは、100ミリ秒の最大レスポンスタイムによって、エンジンやドライバーよりも迅速に負荷変動に対応しました。実際に、狭い田舎道でのすぐれた俊敏性、抜群のトラクション、そして高速走行時の信じ難い安全性が得られました。このようなダイナミック走行を行うために、ポルシェのデザイナーは5つの基本機能を備えたPTMをプログラムしました。今日でも、ポルシェの4WDはこれらの原則に基づいています。
- 基本的なトルク配分:日常走行において、コントロールシステムは、現在の走行条件に応じて定義された方法でフロントドライブを接続して前後のアクスル間にトルクを連続的に配分します。このとき前輪に必要なトルクはミリ秒単位で決定されます。システムは、車線変更などを検出すると速度に合わせてフロントドライブの接続を強弱させます。こうして特に高速走行時の安定性を大幅に改善することができます。
- ガイド付制御:PTMは、標準パラメーターを使用して早期段階に走行条件のダイナミクスの変化を検出し、前もってスリップを回避することができます。車の発進時などにシステムは加速の速さを判断します。PTMは、この加速要求をエンジンがトルクに変換する前に、マルチプレートクラッチをロックしてホイールのスピンを回避します。たとえば、両方の後輪が氷上ですべりトラクションがなくなったような極端な場合でも、本来ならスピンを起こすようなトルクを前輪に伝えることができます。つまり、車の発進時にも、4輪全てが最大のトルクを使用して最適な加速が得られます。例外は、PDKと組み合わせた「ローンチコントロール」によるレーシングスタートです。このときPTMは、最大のトラクションを保証するために、発進する前にマルチプレートクラッチをロックします。
- スリップコントローラー:911は、大きなトルクによって、特にウェットな路面でも一気に加速して後輪のトラクションの限界に達することができます。マルチプレートクラッチの強力な接続によって、さらなるトルクが前輪に伝えられます。911ターボが初めてこの前後Gの検出・制御機能を備えたのは2006年のことでした。
- オーバーステアの補正:湿った落葉などの突発的な影響によってコーナリング時に車両のリアエンドが外側に押される場合、大きなトルクを前輪に伝えてダイナミックに車両を安定させます。PTMのその他のメリットは、前輪にトルクを配分するときに操舵角が考慮されることにあります。ドライバーがオーバーステアを補正するために反対側にステアリングを回すと、PTMは前輪にトルクをかけて迅速に車両を安定させます。
- アンダーステア補正:その一方で、前輪がコーナー外側に押される場合、PTMは前輪のトルクを低減します。どちらの場合もPTMは正確なセンサーを使用してドライバーが安定性を損なったことに気付く前に応答します。PSMも各ホイールに軽くブレーキをかけてサポートします。その結果が、コーナーにおける迅速でアクティブな車両の安定化による効率的でダイナミックな走行です。
スポーツカー同様の4WDを備えたパナメーラとマカン
911のPTMは、2009年にワールドプレミアを祝ったパナメーラと、2013年にポルシェ5台目のモデルラインとして発売されたポルシェ マカンの4WDのためのマスターモデルとなりました。ポルシェ トラクション マネジメントシステムは各新世代とともに進化を続けてきました。2013年のニュー911は、ポジショニングの精度の向上と前輪に伝達されるトルクに焦点が当てられました。それ以来、新開発のマルチプレートクラッチの電気油圧式システムは、走行条件とドライバーの要件に基づいて経済的な走行スタイルを特定し、前輪へのトルクの伝達を低減します。これによって全体的な出力の消散が削減されます。PTMは、PDKとの組み合わせでポルシェの特徴である「コースティング」もサポートします。車両が駆動力なしでコースティング走行するときはPTMクラッチが開き、4WDシステムが制動トルクを削減して燃費を抑えます。最新のPTMは性能上のメリットももたらします。新しいマルチプレートクラッチによる正確かつ迅速なトルクの制御によって、ドライビングダイナミクス、俊敏性、および走行安定性が改善されます。前輪へのさらに大きなトルクの伝達によって加速も改善され、路面に伝わるエンジン出力も向上しています。